奥様は商社ウーマン

商社ウーマンの奥様の都合でハンガリーに移住したあと、グローバルITエンジニアの旦那の仕事でドイツに移住した夫婦の日記。現在は年子の男の子二人を育児しつつ、日本で働いています。

2016年07月

24時間365日休みなし、給料0円。
非常に責任が重く、しかも仕事の大半は立って行います。
ランチには同僚が食べてからしかありつけず、
クリスマスや正月の休暇シーズンは仕事が激増。

こんな募集要件のお仕事、この世にあるのでしょうか?

あるんです。

しかもこの仕事に就いている人は世界に数十億人います。

答えは、「母親」。

アメリカで制作されたこの秀逸な映像をご覧下さい。(☆日本語字幕あり)


自分が母親になると世界観が変わるとかききますが、
第一に感じるのは自分を育ててくれた親の偉大さ。
その重みがずしっと、肌感覚でね。

仕事ではよく
「現場が大事。ビジネスを理解するためにはとにかく現場に行け」
と言われましたが、

育児も現場を身をもって経験すると、その大変さと難しさが身にしみる。
子供を育てる、子供が育つってこういうことか、と。

母親業の新入社員の私はまず最初にマタニティーブルーになりました。
とにかく何もかもがうまくできず、
その上、同僚がいるわけもないのでものすごい孤独感に陥ります。

そしてでかけることなく家にいることに慣れていない!
人と話さずに一日を過ごすことにも慣れていない!

ベテラン主婦の方々からしたら
何をそんな(・∀・)つ
みたいなことだろうと思われるけども。

「ガラリと生活スタイルを変えるのは本当に大変なこと。
年をとればとるほどそれが難しくなるから、
そういう意味でも子供はあまり遅くにもつと大変なのよ。」
と母に言われましたが、

人生プランやしたいことなんかを考えて子供をもつことに
なかなか踏み切れない世代&生活スタイルの私に
今なら刺さる言葉です。

次に睡眠不足に陥っています。
出張や飲みで3-4時間睡眠になることもあり、それは問題ないのですが、
仕事の場合は連日だったとしても終わりがまぁまぁ見えていること。
こちらは終わりが全く見えない長期スパンの睡眠制限でございます。

おまけにうちの子はたくさん食べる割に一回あたり飲む量は小食で
一日の授乳回数は15回近く。
24時間を授乳回数で割ってみて下さい。
私の睡眠時間が出ます。

育児の睡眠不足で人間史上、死んだ人はいない。(たぶん)

と思って自分を落ち着かせています。

そして極めつけは「乳首混乱」。
これは何かというと、楽チンな哺乳瓶に慣れてしまったお子さんが、
努力をしないと吸えないおっぱいを拒否する現象です。

赤ちゃんはみんな自然におっぱいを吸うものだと思ってましたよね?
私もそう思っていましたが、どうも違うようです。
この問題に興味がある方用にP.S.で少しだけ詳細を書かせて頂きました

出産の時にしろ、こんな母乳トラブルに直面するにしろ、思い浮かぶ疑問は

昔の人はいったいどないしとってん


と。

つい100年前に世の中に哺乳瓶があふれていたとは思えないし、
江戸時代にだってへその緒が二重に巻き付いていた赤ちゃんはいただろうし、
いやもっとさかのぼると…。

最近の夫婦での流行はなぜか「原始人視点」に立ち返って
様々なトラブルを客観視することです。

会話はたいてい

「原始人さんはホンマにどないしとったんやろな」
「いや、ホンマに分からんゎ」

で終わります。

真相は分からないままなので。
原始人の子育て事情に詳しい人、募集中です。

さて、私はドイツに移住するまでの間、自分の親(ロシア人)と同居しております。
もちろん、子供には私も私の親もロシア語で話しかけるわけですが、
ロシア語には無数の愛称があります。

名前から派生した○○ちゃんの言い方もたくさんあるのですが、
それ以外に独自のセンスでどう呼びかけてもいいのです。

スタンダードバージョンはこんなかんじ。

私のうさぎちゃん〜←語尾は常にハートマーク気味なかんじで
私の太陽ちゃん〜

ひねりバージョンでは動物から離れて、有象無象どんなものでもかまいません。
自由に想像力を働かせましょう。

因みに、この愛称は親が小さい子供に呼びかけるのはもちろんだけど、

年齢制限はございません。

私もなかなか大人ないい年ですが、平気で母にうさぎちゃんとか言われたりしますし、
80歳を過ぎたおばあちゃんが60歳の息子に「私の小猫ちゃん」と呼びかけたりします。

ロシア語は現実を無視して、人をいつまでも子供扱いしてくれる言語なんですね。

これは子供に対してだけでなく、恋人同士や夫婦間でも使うシステムです。

スペイン語でも同様なようで、スペイン語圏の人と結婚している私の友達は
自分の夫に「私のメロンの心臓部ちゃん」と呼ばれたりするそうです。

メロン=甘い
メロンの心臓部(つまり中心)=さらに甘い
→まとめると、私の溺愛する甘いあなた、というラブリーな表現になるわけです。

日本語にはない感覚ですよね。

残念ながら、うちの旦那さんはこのシステムをよく知っているものの、
活用するには日本人アイデンティティーが邪魔をするようで
クールに一線を引いてます。

日本語はいつまでも現実を無視して子供扱いをする言語の素質はないので
私もどうしても違和感があって、日本語での家庭生活には組み込めていませぬ。

ロシア語で話す実家では問題なく使用できるのになぁ〜。

さて、この愛称システム全開の私の母。
お子さん相手に活用しまくりです。

〜母のスタンダード編〜

私のハムスターちゃん〜
私のひよこちゃん〜
私のだんごちゃん〜

基本的にお子さんが丸まっている様子なのが伺われます。

〜母の中級編〜

私の赤毛ちゃん〜(いや、どっちかという茶色なんやけど…)
私の青目ちゃん〜(いや、どっちかというと灰色なんやけど…)

人によって色の見え方は違うって言うしなぁ〜(・∀・)

〜母の上級編〜

さすが日本に長く住む母の独自アレンジ

私のお地蔵さん〜
私のブッダちゃん〜

確かに今現在のお子さんの外見はこれに近いけども。
可愛いのか、それは!?Σ(゚д゚)

それにしても、本名ではなく、こんなにいろんな芸名で
呼ばれるお子さんは果たして自分の本当の名前を認識するのでしょうか。

若干ながら、心配です。(・∀・)

一方の私の父ですが、こちらはなんだか子育て経験者感を醸し出していて、
良いかんじにどーんとかまえています。

その様子は孫とのたわむれスタイルにあらわる。

その:赤ちゃんがぐずった場合

新聞を読み続けながらあやす。孫とおじいちゃんの双方に異論のない模様。
DSC01595
















その:赤ちゃんが寝ながら危なく転がっていきそうになった場合
DSC01576
















転がり落ちることを食い止めつつ、
起こさないようにこのままの姿勢をキープ。
この状態で父はテレビを見続け、お子さんは寝続けました。

さて、私の親はドイツ移住に向けて様々な”練習”を用意してくれていて
今それを一つ一つクリアしていっています。

その模様はまた次回〜〜〜

P.S.
「乳首混乱」についてもう少し。
赤ちゃん…に限らず人間は誰でも楽な方に楽な方に流れた結果の
哺乳瓶の発達した現代社会の病ですね。

友達の助産師さんにアドバイスを頂きました。

理由は様々ですが、赤ちゃんに吸う力がない場合によくなるみたいです。
でもうちの子はぜんぜんたくましい方で吸う力は十分過ぎるぐらいバッチリ…。
あれれ?

問題は、おちょぼ口で、大口をあけなければいけないところを
お上品にちょいちょいやっているのでうまいこと吸えないというのと、
プラスものすごいせっかち。
結果が早く出てほしいタイプ過ぎて(このあたり、遺伝かもやなぁ)
ちょっとずつ湧き出る母乳のペースには我慢ができないみたいです。

何という現代っ子。

それを克服するには地味に毎日練習するのみ。
5分ずつぐらい吸わせて、哺乳瓶でなぐさめる作戦。

そうすると、赤ちゃんはある時

はっq|゚Д゚|p

とおっぱいの飲み方を思い出すらしい。
それがもうちょっと大きくなって首も座ってくる
月齢2-3ヶ月のタイミングだったりするらしい。

今のところ、我が子はおっぱいの練習がうまくいっていたのに

はっq|゚Д゚|p

と哺乳瓶じゃないことを思い出して泣き出すっていう。

あなた、逆やがな。

とにかく母は焦らずに、できた時は褒めつつ、気長に付き合うしかない、
らしいですよ。

どなたかの参考になれば。

その1の続き。

えー、行ってみたら40人いたというところからなんですが、

いやーしかし、40人ってけっこうすごい人数ですよ。 
丸々クラス一つ分ですからね。
クラスで40人で、
一緒に文化祭や体育祭で盛り上がったり、
恋愛してみたり、
席替えで一喜一憂してみたり、
微妙な三角関係作ってみたり、



とにかく、40人というのはドラマが生まれるのに十分な人数なんですね。
そして、意外と卒業してみると半分も構成メンバーが思い出せない、そんな人数でもあります。

学生時代を思い出してる間に初老らしきおばあちゃんの大家さんが現れました。

おばあちゃんはアパートの扉の前に立ち、何やらドイツ語で静かな声でおそらく注意事項的なことを言い始めます。
それを40人の大人が周りを取り囲んで静かに聞く構図はあたかも教祖と信者の構図です。

ドイツ語さっぱりの僕はとりあえず大人しく行動することにして、
信者の列に続いてお部屋に向かいます。
 
お部屋は当然40人入れるわけではないので、
まずは15人ほどが入って中を見て、その間は廊下で待っていて、
誰かが出てきたら入れ替わりで入るように指示されます。

5分ぐらいすると、2人出てきました。
すると、5人ぐらい入りました。

しばらくするとまた2人出てきました。
すると、また5人ぐらい入りました。

この方式を繰り返すうちに、あっという間に室内には入れましたが、ひどく混み合ってます。

算数ができひんまま大人になるとこうなるのでやっぱり勉強はしとかなあきません。


室内ですが、
LDKが1つとベッドルームが1つの、日本で言うところの1LDKです。
ドイツでは1LDKとはいわず、2部屋のアパートと言います。
2LDKなら3部屋のアパートです。

風呂、トイレ、洗面所は一緒で、これはドイツでは基本そうです。
でも日本のユニットバスとは違って、
ここには洗濯機を置くためのスペースと、
ここの部屋の場合はバスタブだけでしたが、
バスタブとは別でシャワーコーナーがある場合もあるので、
下手な貧乏学生の部屋ぐらいのサイズがある場合もあります。
日本のようにお風呂には体を洗うエリアはなくて、それはバスタブ内で済ませます。
日本におるときに外国人を家に泊めたら、
遠くにあるシャワーをなんとか頑張ってバスタブの方に引っ張ってシャワー浴びてる様子はいとをかしです。

ちなみに、洗濯機はキッチンのシンク下についてる場合も多いです。
最初見たときはビビりましたが、あまりにも当たり前にそこにあります。


この部屋はキッチンもえぇやつが置いてあって、冷蔵庫と食洗器が一体型のやつでした。

キッチンは日本みたいに最初から置いてある場合が多いですが、
「キッチンいらん。自分のやつ使う」と言えば大家さんのをどけてもらって自分の使うこともできます。
そうなると次の入居者が来たときには、
「もう大家さんは前回のキッチン捨ててもたからないよ。自分で買ってね」っていうパターンと
「大家さんがキッチンどないかして入れてくれるで」のパターンと
「今のキッチンは前入居者も私物やけど、次のところにキッチン持っていく気ないから買い取ってくれへん?」のパターンがあります。
大家さんがキッチン入れてくれるでのパターンは、さらに家賃にキッチンレンタル料を乗っけられるパターンもあります。


あとは小さなストレージルームがあって、1SLDKというやつでした。
余談ですが、昔物件を探していたときに1SLDKの物件を見る機会があって、
不動産屋さんにSはなんですかと聞いたら、
「それは収SHUNO(収納)のSですね!」と言われたことがあって、
NHKがNippon Hoso Kyokaiの略って知った時と同じタイプの衝撃が突き抜けたことがありましたが、
おそらくSはStorageのSかと思います。



全体的な大きさは60平米ぐらいです。

これで家賃は9万円ぐらい。

めっちゃえぇです。応募したいです。


どうやって応募するんかなと思って様子を見ていると
大家さんがエントリーフォームを配ってます。

このエントリーフォームはこの場で書いて出さなあかんと言われることも稀にありますが、
たいていの場合は何日までに埋めて必要書類といっしょにメールで送ってねと言われます。
その場で書けと言われると、外国人は普通にドイツ語で書かれたエントリーフォームが読めず、諦めて帰る人も多いです。

どんな書類が必要かも大家さんはこの場でアナウンスしていて、
たいていの場合は
・エントリーフォーム
・身分証明書
・3か月分の給与明細のコピー
・現居住アパートの大家さんからの「こいつ家賃支払い遅れたことないですよ。えぇやつですよ」という一筆
・SCHUFA
あたりです。

SCHUFAはシューファと読むんですが、
信用履歴というかなんというか、
銀行に口座を持っていて入出金履歴があると誰でも発行をお願いできる書類なんですが、
要は過去になんか支払い期限ミスったとかそんなやつないですよね、とかその手のことがわかる証明書です。
ブラックリスト的なものに載ってませんよということを証明する書類的な感じでしょうか。
詳しくは知らないんで気になる人は調べてください。 

日本やと申請書類にテキトーに年収書けばそれでおっけーですが、こっちは給与明細まで提出させられるんで全部丸見えです。
その代わり、日本やと求められる保証人が要りません。
外国人にとっては、出さなあかん書類が多くて一苦労ですが、それでも保証人を探す心労を考えるとこっちの方がいいと思います。

ここのアパートの場合は、大家さんからの書類はいらないよと言われ、その他の書類を後日出しますということで帰りました。

結果はだいたい2、3日で出ますが、
基本はサイレントお祈りなので、連絡なかったらさっさと切り替えていくのが大切です。

ここはもちろん競合が多過ぎて連絡は来ませんでした。





プレンツラウアーベルグの物件2
いやいや、前回はエライ目に遭いました。
まさか40人もいるとは思いませんでしたが、まぁそんな全部がうまく行くわけではないですからね、なんとか頑張りましょうということで、
2件目に応募です。

これもプレンツラウアーベルグのこれまた良いエリアにあるところで、
お家賃も広さも前回と同じぐらいとの前情報です。

ここは18時半に来てくれということで、お仕事を終えて意気揚々と向かいました。

プレンツラウアーベルグはほんまに良いところで、
カフェとかレストランとか、オシャレな飲食店やバーがひしめくエリアで、
その上で緑も多く、子供が遊べるような公園も至る所にあります。





この物件はその中でも特に有名な公園の周りのエリアで、
これはここに住めたら住み心地えぇでー、ということで妄想を膨らませながらおうちへ向かいます。

そして、物件への最終コーナーを曲がりました。



曲がったとこには50人いました。

 


いやいや、お兄さん50人て。こんなもん一発ノーチャンスですやん。
ていうか前回の40人より多いやん。こんなことあんの?

もうこの時点で物件の中見ても意味ないと思ったんで帰りたかったんですが、
一応中だけ見て帰りました。

中は良かったですし、一応応募もしましたが、サイレントお祈りを食らいました。



プレンツラウアーベルグの物件3
いやいや!ほんま前回はひどい目に遭いましたよ!!

50人ですからね!50人ということは、もうとにかく大家さんが書類にはそんなにこだわらずくじ引きで決めていたとしても確率2パーですよ。2パー。

だいたい調べたところ
チョコボールの銀のエンジェルの当たる確率が5%
よっちゃんいかの当たりの確率が10%
フィリックスガムの当たりの確率が8%
ガリガリ君が25%
チョコバットのヒットが6%、ホームランが1%

こんなもんっすよ!
みなさん子供のときいかに当たりが出なかったか経験してますよね!
2パーってのはそういうことなんですよ!


今回の物件はプレンツラウアーベルグの、ちょっとだけなんか「あれ?あ、駅からこっちに歩くんや。なんかちょっと華やかさが失われきてるな」ぐらいのことを感じ始めるギリギリのエリアです。
それでも公園とかまでは近いですし、逆にいうとお値段も下がってかなりのお手頃感があります。

で、最寄りのトラム駅で降りて向かいましたが、

えー、結論から言うと62人いました。

これを執筆中の7月15日現在で未だこの記録は破られていません。
魂が抜けた抜け殻状態で中に入ったのは覚えていますが、中の様子は全く覚える気もなかったのでなんも覚えてません。


いやね、並んどる君らもこれ無理やと思っとるやろと。
みんなそんなおヒマじゃないやろと。
どんな気持ちで物件見学臨んどるねんと。

カップルで物件見学来てる人たちがいて、
「え、これ全員アパート見学なの?うそでしょ!」
「ハイ、マリア!たくさんルームメイトができるね!」
とかいうポジティブジョークを飛ばしとる人たちがいて目に染みましたが、彼らはおそらく最初のアパート見学やったんでしょう!

いかにベルリンがやばいところか、彼らは まだ知らんのやろな。


さて、このあともプレンツラウアーベルグでしばらく探してたんですが、
けっこう多いのでここからはちょっとダイジェストで行きます。
プレンツラウアーベルグの物件4

(前半略) ~ なんと角を曲がると、そこには45人いました! (後半略)

プレンツラウアーベルグの物件5

(前半略) ~ なんと角を曲がると、そこには35人 (後半略)
 
プレンツラウアーベルグの物件6

(前半略) ~ なんと角を曲がると、そこには40 (後半略)

プレンツラウアーベルグの物件7

(前半略) ~ なんと角を曲がると、そこには (後半略)
 
プレンツラウアーベルグの物件8

(前半略) ~ なんと角を曲がると (後半略)

プレンツラウアーベルグの物件9

(前半略) ~ なんと (後半略)
 



えー、このような感じで玉砕を繰り返しました。
あのカップル、まだおんなじ冗談飛ばしとるかなー?

僕はかなりやる気が失われてきました。

そもそも、最初家を探し始めた時点では僕は働き始めて2か月ぐらいやったんですが、
3か月分の給与明細がないんで、そもそも書類不備なんですよね。
後半からは3か月分の給与明細ありましたけど、
それでもまだ試用期間。ドイツ語喋れない。奥さんは日本から来るけど学生するから収入ない。

ドイツ人か、3か月以上働いとるか、奥さんと共働きか、自分より給料が良いか、
この中の一つでも当てはまるやつが50人の中におれば、
もう僕たちはその人よりは確実に下に評価されるので、チャンスがないんですね。
つまり、可能性のある人数は多く見積もっても4、5人までなんですね。

これは厳しい。

厳しいんですが、どげんかせんといけん。
じゃあどうどげんかするかというと、簡単なのはエリアを変える手があります。
プレンツラウアーベルグは人気エリアですし、住み心地はそれは良さそうですが、
他にも良いエリアはあります。
僕はこちらに来てからの2ヵ月半、家族で住むのに適したエリアを見つけるために
ほぼ週末のどちらかはベルリン中のいろんなエリアを見て周ってました。

他のエリアでイケてそうなのは、
シャルロッテンブルグとクロイツベルグです。

シャルロッテンブルグはベルリンの旧西ドイツの中心地的エリアで、
プレンツラウアーベルグよりは幾分か落ち着いた雰囲気なものの、
街全体がめちゃくちゃクリーンに保たれていて、
公園なども多いですし、なんと言ってもグーグルなどの口コミ評価が4.5ぐらいのレストランがやまほどある老舗レストランエリアです。





クロイツベルグはベルリンの南から東にかけてのエリアで、
真ん中より東に行くと、
やれ大麻いりませんか?
やれ覚醒剤いりませんか?
やれ盗難自転車お安く買いませんか?(実際50ユーロぐらいでほんまに安い)
という混沌としたオファーを至る所で受けることができるエリアですが、
真ん中より西側はクリーンで、オシャレなレストランやバーも多く、
東ベルリン雰囲気もの良いところだけ取り入れたようなエリアで、
最近ではエリアに寄ってはプレンツラウアーベルグよりもお家賃が高い場合もあるエリアです。
たまたま今僕の住んでるベルグマン通りは、その中心的な大人気エリアです。



実際、この辺もエリアにも手を出していたので、
その辺の様子はその3で。
 

皆様、ご無沙汰しております。
奥様の方です。

ついについに産まれました!!.。゚+.(・∀・)゚+.゚
3110gの元気な息子さんです。パチパチ
DSC01572
















母似なのか父似なのか、議論がおおいに別れるところですが、
面白いことに、日本人の方にはどちらかというとロシア人寄り外見の赤ちゃんだねー
と言われる一方で、ロシア人の友達には
「パパ似だね〜日本人っぽい!」という意見が寄せられております。
ちょっと見慣れていない形のパーツに目が行くのでしょうかね〜?

さて、私は以前から「無痛分娩」を予定していると宣言をしておりまして、
いろんな人からその模様のレポートをお願いされておりました。
レポートする気、満タンでした。

が!!
結論から言うと、

無痛分娩はどうやらあまり成功しませんでした…。
ということで、まぁまぁの失敗ケースとしてご参照下さい〜。

ここから出産話ですが、詳細に読みたくない人は最後の
おまけ話に飛んじゃって下さい

*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆--:*:--☆

さて、無痛分娩が成功しなかった要因はたぶん、

その:赤ちゃんの首にへその緒が二重に巻き付いていてなかなかおりれず
その:私の陣痛がなかなか進まず
その:私が痛がりで(どうやら)過剰に痛みに反応するため麻酔のタイミングが難しく
その:もしかすると、日本人にきく麻酔料が私がロシア人だから十分にきかなかった…のか?

旦那さんがドイツから一時帰国してくれ
私もどうにかマニュアル免許の試験に受かりスペイン語検定も受け
こちら側の世界としては、お子さんがいつ出てきても良いよという状態になりました。
でもお子さんはなかなか準備万端になってくれません。

子供が産まれる時は、赤ちゃんがだんだん子宮の中を下りていって、
産まれるためにお母さんの体内で最終セットされます。
一般的に、階段の上り下りとかの運動をすることで
この赤ちゃんの下り活動を促進できるのですが、
息子がなかなか下り始めないので、お医者さんには

「私は完全に運動をしないヤツ」

という烙印をおされてしまいました。

けっこう動いたり出かけたりしているのにまだ不十分!?(((( ;゚д゚)))
臨月で両親と近くの山に軽いハイキングに行って7kmぐらい歩いているのに…。
けっこうガチで筋トレ級のことをしないといけないんだろか…(((( ;゚д゚)))

旦那さんといろいろ歩いたりしたものの状況は変わらず、
この日と決めた日に促進剤を打ってもらいに病院に向かうことにしました。
計画分娩もできる世の中です。

通常、陣痛って本人の予定とか関係なしに、イキナリ来るものじゃないですか?
でも、私の場合のこの「陣痛を起こしに病院に向かう」というのは、
要するに自ら未知の痛みに向かうというこの状況は、
実はけっこうこわいものでした。
緊張で前日からガチガチの私。(私のビビリ説浮上)

病室に入り、出産着に着替え、浣腸もされ(それはきいてないぜ!と内心思いつつ)
促進剤を打たれ始めました。
そこからはトイレ含め、どこいくにも点滴とともにカラカラ移動する生活がスタート。
漫画とかで病院から逃げる時によくあるあの構図です。
暫くすると、自分でいいかんじに機械をつけたり消したりできるようになるもんですね。

1日目の午前中、促進剤の効果なし。
1日目の午後、若干痛みが出はじめる。
出産は人によってはいきなりぐわーーーっと進むこともあるし、
しかもそれが夜に起こることも多いということで、
その日はいったん入院して夜も病院に残ることに。
しかし、その夜も特に大きな動きはなく過ぎ、
促進剤2日目に突入。
だんだん痛みが出始めます。
この間、ずっと子宮の収縮をはかる機械につながれているのですが、
その収縮が”99”まで行かないといけないところを私は"30"とか"40"止まり。

因みに、私にとってはまぁまぁ十分に痛いんですよ、このレベルで。

5〜10分おきにやってくるし。

骨盤の骨がミシミシと広がっていくような、内蔵が痛いような。

旦那さんもずっと一緒にモニタリングをしてくれています。


お医者さんには、それはちょっとおなかが強くはったぐらいの痛みや!
そんぐらいでは痛みとは言わん!!
と言われ、

つくづく、スパルタ。

この2日目は土曜日だったので、病院の休みと私の進行のなさを考えて
いったん帰宅をし、月曜日に出直すことに。

やっぱり出産とか子供というのは何千年何万年も続くネイチャーに由来のもので、
仕事みたいに人工的にプランするもんじゃない、っていうのは分かってるんですけどね…。

軽い陣痛もどきのやつがまだ時々くるものの、電車に乗って家に帰り、

どうせ近いうちに授乳とかスタートしないんだったらということで

私の好きな不健康なロシア料理を母に作ってもらい(作り方)、ヤケ食い。


次の日曜日は旦那さんと旦那さんの大学の友達数人とランチ。

既に出産経験者の子が拷問のような時間が16時間続いたという

出産の模様について詳しく話をしてくれ、とても参考になるものの

私のビビリ度さらに上昇。


因みに、前日からの子宮の痛みは相変わらず続いていて

10-20分の感覚で言葉を発せれなくなり、痛みに耐える私。

でもやっぱりランチができるレベルということはまだまだということでしょうね。


お医者さんに依然「赤ちゃんが下がってくるようにとにかく運動をしろ」と言われるので

この日は実家のあるマンションの11階まで階段で2往復してみました。

完全に筋トレ状態。

持っていた臨月のイメージとなんか全然違うんやけど。


晩ご飯のあと、旦那さんと家の近くを散歩することに。

片道1.8キロを往復。

イギリスのEU離脱問題や日本への外国人エンジニア誘致など

なかなか興味深い話をしたり、ショッピングモールに居住するツバメの巣を眺めたりして、

てくてく歩く。

私の方は5-10分に1回ぐらいけっこうな痛みがきて、

電柱とか木にもたれて深く息を吸って痛み逃しをせざるを得ないこと以外は

いたって普通の散歩。

その間、旦那さんが腰をさすってくれる。


暗い夜道でのこの光景はすれ違う人からすると、

なかなかこわいものがあったかもしれない。


家に戻り、痛みの時間をはかると5分間隔になっていた。

インターネットを参照すると、これはもうそろそろ本格的なんちゃうかということで

夜に事が進んでしまっても困るし、病院に向かうことにしました。


ところが、病院につくと、痛みの間隔が10分とか不規則になってしまい、

子宮の収縮がやっぱりまだまだの数値でまたもや促進剤行き。


つくづく、自分の身体のことながら、どうにもコントロールもできないし、

正確に状況把握すらもできないこのかんじ。

ネイチャーの力は偉大、そしてこわい。


お医者さんによると、私のやつは前駆陣痛っていうやつで、

要するにぜんぜん本番じゃないということです。


「痛み」ってめちゃめちゃ主観だし、マックスの痛みがじゃぁどのレベルなのか、

数値化と事前シミュレーションで示してほしい…

と頭をよぎるのは若干の職業病か。


そんなわけで、分娩室の手術台みたいな平らなところに横たわり、

促進剤を入れ続けながら夜を超すことになったわけです。


10分間隔の痛みに耐えて過ごしている間も、

「明日本番やから、体力蓄えなあかんから、今寝とけ!!」

とお医者さんに厳しく言われる。


こんなに恐怖の睡眠指令は人生で初めてや。


びくびくびく…

いったー…いったー…いったー…いったー…


子宮の収縮が最大でも"70"レベルまでしか行かず、

出産を開始できる"99"のレベルに行かない。


焦る上に、痛さの終わりが見えない。出口のない状態。


上司の奥さんがお産の途中で「やめたい」と言いはったらしいけど、

その気持ちがすんごくよく分かる。

でもけっしてやめれないし、休憩もできないし、いつ完了するかも分からない。


途中で背中から麻酔を注入する管を入れてもらっていたんだけど、

先生の腕のおかげか、この作業自体は全く痛くなく、

麻酔が入る間隔は何か冷たいものがすぅーーっと背中を流れていくような、

そのあとはしばらく朦朧とするような。わずかな休息。


ところが、このように、本陣痛のない状態が続くと、

母体も赤ちゃんも疲れて危険な状態になるらしいとか。

急遽、帝王切開にせざるを得ないとか。


何がきっかけか分からないけど、お医者さんがお産を進める判断をしたのは

次の日の正午頃でした。

麻酔の効果もあり、子宮口が開いてきたのかもしれません。


そこからはめっちゃ痛い赤ちゃんおり活動の促進byお医者さんがあり、

激痛があり、

人生で初めて、ここで死んだら楽になれる…という考えが頭をよぎりました。


その途中で、赤ちゃんの首にへその緒が二重に巻き付いていて

それで私の必死の筋トレにも関わらず、おりれなかったということが分かりました。


実は、このへその緒というのはエコーにはうつらない為、

事前には分からないようです。


「あと10cm赤ちゃんを押し出せたら手伝えるから!」

というお医者さんの言葉で必死に頑張っていきんだのだけは覚えています。


赤ちゃんが吸引分娩で出され、へその緒を切られ、

飲みまくっていたらしい羊水を出されてちゃんと泣いた時は

本当に本当にほっとしました。


赤ちゃんをみての私の最初の反応はポロポロと泣くことだけでした。


分娩って、たまごクラブひよこクラブみたいな雑誌をみるとポップに

助言とか説明とかされていて、

「このジムがオススメだよ〜〜」

「このヨガのクラスは最高〜〜」

ぐらいのテンションに見えるのですが、

現実は決してそんな軽いものではないと、

無痛分娩であるはずの私は思ったのでした。



退院してから、NHKの「プロフェッショナルの流儀」で、

ドラマ「コウノドリ」のモデルになったという産婦人科医についての回を観たのですが、

番組の中でその産婦人科医が、


「普通のお産はない。

お産は全て奇跡。」


と言ってました。


ホンマにその通りやと、思います。

たぶん、いろんなお産をみたら、私のは全然全く軽い方っていうのは

重々分かっているのですが、それでもそう思います。


そんな、人生の一大事に最初から最後まで寄り添ってくれた旦那さんには

感謝の念しかありません。


本人は出産中に私からどんな暴言を浴びせられるか若干楽しみ(?)に

していたみたいだけど、私はずっと「ありがとう」と思ってました。

それぞれの夫婦の形や役割分担とかの話があると思うけど、

私は、”育児”という人生の新たなステップのスタート地点である

出産を旦那さんと丸ごと共有できて、一緒に過ごせて本当に良かったと思います。


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おまけの話


ロシアの習慣では、出産を終えたお母さんに旦那や両親から

花束が送られます。


出産が完了した日、仕事終わりに急いでかけつけたうちの両親。

スーパーに駆け込んで急いで花を調達したのは分かるんだけど…


なぜかそれは


菊。


看護婦さんにやんわりと、

なんで墓花であるはずの菊を飾るのはロシアの習慣ですか〜?

ときかれる。


確かに、あまりにもしっとりとしたたたずまいのその花たち。


ロシアには「菊=墓地」というイメージは全くなく、

むしろ美しい花の代表というかんじなのですが、それにしても…。


あとで母にこの件を言ったところ、

菊にしたのは、「他の花がみんな偶数でしか売られていなかったから」

ということでした。


そうなんです、ロシアでは「花の数が偶数=亡くなった人向け」

ということになっていて、普段は必ず奇数にして花束を仕立てるのです。


偶数奇数を気にしない旦那さんから素敵な薔薇の花束を頂いたのも

特記しておきます。

しかもロシアの習慣をおさえている彼は一本抜いて奇数にしてくれていました。

なぜ、親にそれが出来なかったのか完全に不明ですね。

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仕事で午前半休をとって、午前中にお見舞いに来ると

宣言していた私の母。

ところが、面会時間過ぎてもなかなか現れません。


1時間遅れで無事にたどりついたが、きくところによると、

まず、病院の名前を覚えておらず(うちの親の日本語は片言レベル)

地図も特にプリントせず(前日に私が送ったというのに)

最寄り駅でも遠い方だけ覚えていて、そっちにおりたった


こんな自分で作り出した絶望的な状況の中でなぜたどりつくことが

できたかというと、


とりあえず、赤ちゃんを連れたママさん(完全他人)をつかまえて、

病院の回りの雰囲気(高速道路が通っているとか)を伝え、

道をきいたらしい。


それでたどり着いているから


おそるべきサバイバル力。


因みに、家を出る時にサンダルの紐が切れてしまったらしいんだけど、


ロシアでは、一回家を出ると、忘れ物を取りに帰るなどの用事で

家にもう一回戻って再出発するのは不吉とされているので

母はどうしても靴を変えに家に戻るわけには行かず、

その日は不運にも雨模様であり、

仕事にはタクシーで向かうハメになったとのことでした。


おそるべき迷信の力@21世紀。


日本って出産をしたらあかちゃんのへその緒をもらうじゃないですか。

ロシアにはこんな習慣はなく、実は私も20年以上日本に住みながら

今回初めてそういうのがあるっていうのを知りました。

まだまだ知らないこといろいろありますね。

ロシアでは、初めての散髪の時に切った髪の毛をとっとく人はいますが。


今は里帰り出産のため、私の親と同居していますが、

このへその緒は親的にも違和感があるらしく、


「うちに置いていかないよね?ドイツに持っていってくれるよね?」

と確認されました。


違和感マックスやな。


.。o○o。.★.。o○o。.☆.。o○o。.★.。o○o。.☆.。o○o。.★


そんなこんなで無事に出産も終え、

今は子育てをスタートさせつつ、ドイツに移動する準備を進めています。


事前にきいてはいたけど、心の準備はしていたけど、

やっぱり思い通りにならない日々ですね。

その模様はまた次回。


では、また。

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